歴史になったシャトル時代
(2011年9月)
米国のスペースシャトルについに引退の時がきた。アトランティスの最後の打ち上げを見ていて、アメリカ総局員時代、フロリダ州のケネディ宇宙センターに打ち上げ取材に通ったことを思い出した。
1990年代末、土井隆雄さんの初飛行、向井千秋さんと毛利衛さんのそれぞれ2回目の飛行と、宇宙飛行士第一期生たちが活躍していたころのことだ。
打ち上げの様子は今でもよく覚えている。プレスセンターは射点から5キロは離れているが、それでも振動が伝わってきて身体がぶるぶるとふるえた。シャトルの巨体が地球の重力を振り切るには、それだけのパワーがいるのだと実感させられた。
打ち上げを見届けると、荷物をまとめて、飛行中の管制を行うジョンソン宇宙センターがあるテキサス州のヒューストンに向かう。米国時間と日本時間、そして1日25時間のシャトル時間、三つの時間を気にしながら飛行中の取材をし、帰還となれば、再びケネディ宇宙センターだ。
忙しかったけれど、米航空宇宙局(NASA)の実績を背景にした圧倒的な存在感を感じながらの取材は楽しく、かつやりがいもあった。
そんな日々は過去のものとなる。今後、国際宇宙ステーションに向かう宇宙船はロシアだけ、無人の貨物船も日本、欧州、ロシアで、当分の間、米国からの打ち上げは一切ない。
シャトルは、機体を繰り返し使うことで宇宙旅行を安くするねらいだったが、それは果たせなかった。次のロケットは再び使い捨て型だ。
30年のシャトル時代は宇宙開発史でどう位置づけられるのか。その目撃者の1人として見届けられたらと思う。
(朝日新聞論説委員 辻 篤子)
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