年の暮れに越中富山
(2011年12月)
年末、気ぜわしい季節がやってきた。早々と来年の暦をめくっていたら、どうも芳しくない。今年の運気が良かっただけに気になる年回りである。まぁ、定年間近で、気を引き締めよということだろう。
東京は12月5日が「納めの水天宮」、21日が「納めの大師」、28日は「納めの不動」と続く。にわか信心で、あちこちを駆け回ることになりそうだ。江戸時代は13日がすす払いだった。江戸城の行事に倣ったわけである。
さて、わが家には年の瀬にいまだ「越中富山の薬売り」が来る。さすがに唐草模様の大風呂敷を背負い、ハンチングをかぶったそれではないが、スーツ姿で、大きな黒の、バッグを車に乗せ現れる。玄関先で使用したクスリを点検、電卓で代金を計算すると集金し帰ってゆく。
薬箱の、どのクスリもテレビCMではさっぱりお目にかかることのない、聞いたこともない代物ばかりだが、効能は申し分ない。
昔はおまけと称して、紙風船をくれた。子供にとって唯一の楽しみで、行商人に応対する母親の背中にひそんで、「風船、もらってよ」と小さくつぶやいてみた。
それとは別に「火の用心」と印刷された刷り物を置いていった。それは実際手に取ったものであったか、あるいは母親から聞かされた記憶であったか、今は判然としないが、冬のカチカチという拍子木の音とともに、「火の用心」がよみがえってくる。
それと一対になっていたのが「食べ物食べ合わせ注意」という刷り物だった。
「梅とウナギは命にかかわる」。
「豚とタニシはまゆ毛抜ける」。
「キノコにホウレンソウ命にかかわる」。
「ハマグリとミカンは胃を害す」。
「熊の胆(くまのい)とスイカは吐血する」。
「牛肉にホウレンソウさなだ虫わく」。
「小豆飯とフグは命にかかわる」といったたぐいで、その因果関係はともかく、なぜ「火の用心」と表裏であったのであろうか。食べ合わせが悪く、病気にでもなればこの薬を飲みなさいといった暗示であったか。
1度、訪ねてきたセールスマンに尋ねてみた。今はそのような印刷物は作っていないという返事であった。そんな話も聞いたことがない、と首をひねった。
「火の用心」とかけて「食べ合わせ」と解く。そのこころは「消化(火)」が気になります――。
お粗末様で。良いお年を。
(日刊スポーツ新聞社文化社会部参事 石井秀一)
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