遠い正月
(2011年12月)
正月を迎えるとあって、障子の張り替えを家人に頼まれた。実は前年も障子紙を買ってきて試みたのだが、生来の不器用で、1年も経たないうちにはがれ始めた。猫が引っかいた跡もあり、重い腰を上げざるを得なくなったのである。
その昔、古くなった障子紙を破くのは、年末の、子供の仕事で、姉(亡くなってしまったが)と人さし指で穴をあけては笑いあった。母親は姉さんかぶりで糊を溶いて、父親は刷毛を洗っていた。遠い思い出で、いつの間にか皆いなくなってしまった。年を取ったわけである。
障子の桟(さん)を洗い流す。
年末、宮城県東松島へ行ってきた。3・11以来、5回目になる。15年ほど前、仙台支社へ単身赴任をしていた。地元の人達に可愛がってもらい、楽しい3年間だった。その時の知人が1人、今回の震災で亡くなっている。ボランティアなど、仕事に追われていたこともあって経験したこともなかったが、今回ばかりは追善の意味も込めて現地に通っている。定年間近で、時間にも余裕ができたのである。
東北、とりわけ仙台の冬は経験済みだが、出かけて寒風にさらされてみると思いのほか寒い。津波がすべてを押し流し、地盤沈下で農地は未だ海水に洗われている。索漠とした光景、淡い光は重ね着した防寒着、ウインドブレーカーを暖めるはずもなく、グイと襟を立ててみた。
ふと出向いた民家で、寒風の中、老女が障子の桟を洗い流していた。
「もうすぐ正月ですね」
と、声を掛けたら
「そうだね。でも、桟にこびり付いたヘドロを落とさないと障子も張れませんよ」
と、老女は笑った。
迂闊(うかつ)であった。ここでは、すべてがヘドロをかぶった。独特の臭いを落とさなければ、障子は家の中に持ち込むことができないのである。
都会人の、安直な言葉が打ちのめされた格好になった。
「水たわし ヘドロ絡んで 障子替え」
ふと浮かんだ拙句、である。
真っ白い障子に、冬の、明るい日が揺れて緩やかな一日が流れてゆく。
そんな日常を取り戻せるのはいつだろう。
新しい年が始まる―。
(日刊スポーツ新聞社文化社会部参事 石井秀一)
★ スポーツ、芸能情報は日刊スポーツで。ご購読申し込みはお近くのASA(朝日新聞販売店)、もしくは日刊スポーツ販売局フリーダイヤル 0120-81-4356まで





