さようなら「のっ平うどん」
(2012年1月)
年末、ちょっぴり寂しく、でもあったかくなる光景に遭遇した。
大晦日。よくお昼に行っていた静岡市の伊勢丹裏の蕎麦屋「弁慶」が店を閉じた。創業43年の老舗だ。
閉店を全く知らなくて、黙って座って、天ざるを注文したら、なにやら店内の空気が少しへんなことに気づいた。
年内で閉店
相席で向かいのおばあちゃんは、のっ平うどんとざるそばを食べていた。天ざるが運ばれてきて食べていると、おばあちゃんは「今日が最後だから、いっぱいたべるの」と、閉店を教えてくれた。
よくみると、帳場の近くに、耐震工事などのため閉店と書いた張り紙。あちこちで、中居さんと常連客が耳元でひそひそと話している。別のおばあちゃんは、ハンカチで目頭を押さえている。
これは大変と、名物のっ平うどんを追加。もう食べられないかと思うといたたまれなくなった。「半分で作って」とお願いした。
あばあちゃんは続ける。「伊勢丹の帰りに寄るのが楽しみで。これからどこの店にいこう」。2人前をたいらげて帰った。
2度目の来店
すると、またおばあちゃんが座った。今日、2度目だという。11時に来て、鍋焼きうどんを食べて、伊勢丹でぶらぶらしてお腹をすかせて、今度はのっ平うどんを食べにきたという。「食べ納めだから」。懇意の中居さんと抱きあった。「お世話になりました。知り合って、30年になるかね」「いつも、ご贔屓に」。2人とも、もう顔がぐしゃぐしゃだ。
のっ平が運ばれてきた。野菜、こんにゃく、しいたけ、油揚げなどが入り、片栗粉でとろみをつけたうどん。68歳になるというご主人も来て「召し上がってください。お代はいりません。ご贔屓いただいて」。
のっ平うどんを運ぶご主人の藤田雅司さん
おばあちゃんは「何もやめなくたって。別の場所でやればいいのに。若い職人さんもいるのに」。そばの仲居さんはただ謝るだけだ。
理由は
市は呉服町など繁華街の耐震工事を進めている。この工事に関連する費用がでないのではと思った。常連客の一人は、跡取りがいないからだと教えてくれた。
理由はともかく、おばあちゃんたちに惜しまれて、ひと仕事を終えたご主人は幸せかもしれない。そして、職人さんのだれかが、近くでおばあちゃんたちを暖かくするうどんをまたつくってくれるとうれしいんだが。
(朝日新聞静岡総局長 西川祥一)
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