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白瀬南極探検100周年

(2012年1月)

1月28日は何の日かご存じでしょうか? 日本人で初めて南極を探検した白瀬矗中尉率いる探検隊が、南緯80度5分に達した日です。1912年のことで、今年はちょうど100周年を迎えます。

白瀬南極探検100周年

白瀬中尉=白瀬南極探検隊記念館提供

南極点に初到達したのは1911年12月14日、ノルウェーのアムンゼンでした。ライバルは白瀬とイギリスのスコット。3人の探検家たちは同じ時期に南極に入り、南の果てを目指していたのです。

威信をかけた国の事業として乗り込んだ2人の隊に比べ、白瀬隊は国の資金援助もなく、装備も劣っていました。スコット隊の船テラノバ号は750トン、アムンゼン隊のフラム号は402トン、白瀬隊の開南丸はわずか204トンの木造船です。

南極点まではたどり着けなかった白瀬ですが、私たちが学ぶべきところはたくさんあります。

一つは目指したものに「突き進む力」。白瀬は少年時代に北極探検を志します。そのために寺子屋の師に教わった戒めを守り続けます。寒くても火にあたらない、湯を飲まない、酒を飲まない、たばこを吸わない、お茶を飲まない――。

北極点到達で先んじられ、南に向かいましたが、時間がかかって南極が冬を迎える頃になってしまったため、一度豪州に引き返して1年待ち、再挑戦したのです。

「勇気ある撤退」もありました。スコット隊はアムンゼンに1カ月遅れて南極点に達したものの、帰りに全員が遭難死します。でも白瀬隊は南緯80度5分で足を止め、一人の犠牲もなく帰国しました。

でも待っていたのは借金でした。資金を集めた後援会は消滅しており、残った借金4万円は白瀬が一人で背負ったのです。今の1億~2億円相当を、各地を講演しながら20年以上かけて返しました。85歳で亡くなった時は身内だけの寂しい別れでした。

夢の実現に惜しむことなく努力を注ぎ、その責任も自分で負う――。その生き様には、現代の私たちが忘れかけたまっすぐな心が見えてきます。
(朝日新聞報道局記者 中山由美)

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