撮った ど突かれた 考えた
(2009年11月)
ある火災現場
記者になって10年、今でも混乱した取材現場では、自分を見失いそうになることがあります。そんな時に思い出すのが、ある火事現場での出来事です。2000年1月4日。私は、三重県の津支局で事件を担当する1年生記者でした。事件や火事の一報を受けたら、すぐ現場に駆けつけるのが新人記者の仕事。この日も夕方、住宅火災の知らせが入りました。
それ、急げ
住所をメモして支局を飛び出し、タクシーを拾いました。一刻も早く現場へ。私の焦りが伝わったのか、運転手さんは何度も道を間違えます。「かなり燃えているらしい」「延焼しているようだ」。携帯電話に入る先輩記者からの情報に、私は気が動転してしまいました。
他社に負けるな
他社にずいぶん遅れて現場に着くと、住宅はまだ、大きな赤黒い炎を上げています。「よかった、間に合った」。消防士や野次馬で現場は大混乱。私はそんなことにお構いなく、非常線をくぐり、燃えさかる家に近づいてカメラのシャッターを切り続けました。
飛んできた鉄拳
その時です。近くで怒鳴り声がしました。視線を上げると、他社の記者が男に殴られています。続いて別の記者が蹴飛ばされ、さらにもう一人の記者が突き飛ばされ、その勢いで、私は深さ1㍍以上もあるドブに落ちました。カメラも携帯電話も壊れ、泥まみれではい上がると、記者たちを前に、その男性が叫んでいました。
何が面白い!
「人の不幸がそんなに面白いか」。男性は、炎上する家の住人でした。私は、その場で動けなくなりました。「自分は、何をしているんだろう……」。いろいろな人に会って話を聴き、自分の記事で人を幸せにできる。そう思って記者になったのに、人の不幸を「よかった」と思う自分がいる……。
何のための報道なのか
火事は、4棟の住宅を焼きました。幸い、亡くなった方はいませんでしたが、私はその後、火事や事故の現場にカメラを向けるのが怖くなりました。悲惨な現場写真を撮るのは、ただのやじ馬根性なのではないか。悩む私に、先輩が言いました。「写真を見た人が、怖いな、自分も気をつけようと思ってくれたら、撮る意味もあるんじゃないのかな」
見えない答え
先日、八丈島沖で転覆した漁船の取材で下田へ行きました。3人の生存者に沸く地元では、遺族や行方不明者の家族の取材をめぐり、混乱もありました。何を、どう伝えるか。10年たっても答えは見つかりません。どれだけ経験を積んでも、正解は見つからないかもしれない。でも、何を伝えるべきか、伝える意味は何なのか、それだけは、常に考えて現場に向き合っていきたい。そう思っています。
(朝日新聞静岡総局記者 長谷川潤)





